近乍における証券市場の発達は,株式会社の経営者・株主・債権者の間での上述のような利害関係に大きな変化をもたらしてきました。そしてこの変化により財務会計は,単なる私的利害の調整に利用されるだけでなく,経済社会全体に影響を及ぼすような,公的な機能をもつようになっています。投資者に対して,証券投資の意思決定に役立つ情報を提供して彼らを保護することにより,証券市場がその機能を円滑に遂行できるようにするという役割がそれです。財務会計に期待されるこの新しい役割は,情報提供機能とよばれています。
証券取引法に基づく会計は,まさにこの機能を果たすものです。証券取引法は,その株式が証券取引所に上場されている会社や,証券業協会に登録されて店頭売買される証券の発行会社,および不特定多数の人々に証券を発行して多額の資金調達をしようとする会社など,一般に「公開会社」とよばれる企業に適用される法律です。
近年における証券市場の発達は,そのような公開会社の株主が経営者との利害対立関係のもとで自己の財産を保全する新しい方法を可能にし,会計報告に対する株主の需要を変化させました。株式所有が多くの人々の間に分散して個々の株主の影響力が低下したため,株主が経営者を解任することが困難になった代わりに,株主は保有する株式を市場で転売することにより,自己の財産を容易に保全できるようになったのです。それに伴い多くの株主は,経営者の人選や経営意思決定への参加よりむしろ株式投資から得られる刊益に関心をもっよ引,こ変わりました。そしてこの変化が会計報告の用途を,経営者
の受託責任の遂行状況を評価する目的から,投資意思決定のための情報へとシフトさせたのです。証券投資を行う人々は,すでに株式などの証券を保有している人だけでなく,これから証券を購入しようとする人も含めて,投資者とよばれます。
証券市場の発達により,経済全体のなかで投資者が果たす役割は相対的に重要なものとなりました。こんにちの経済社会における主要な生産主体である企業は,生存と成長のために常に多量の資令を必要としており,その主要な部分は投資者が証券市場を通じて提供しているからです。したがって企業の資金調達を円滑にして,経済社会全体を適切に運営するためには,投資者の情報要求に応えて,彼らを証券市場において保護する必要があるのです。
その証券市場は,証券の発行市場と流通市場に大別されます。発行市場は企業が資金調達のために証券を投資者に販売する市場であり,流通市場はひとたび発行された証券が投資者間で売買される市場です。流通市場で形成された証券価格は,その後の発行市場で新たに発行される証券の発行価格を左右して,経済全体の資金配分に重要な影響を及ぼすことになります。たとえば「司じ数の株式を発行した場合でも,株価が高い企業ほど,より多くの資金を調達できるのです。したがって投資者からの情報要求に応えることは,単なる投資者保護にとどまら戈市場メカニズムを利用した効率的な資金配分の促進
にもつながることが認識されなければなりません。
そこで証券取引法は,上場企業を巾心とする公開会社に対して,貸借対照表や損益計算書を中心とした企業情報を記載した書面を作成し,金融庁や証券取引所に届け出るとともに,会社の本店にも恂え置くよう規定し,誰でも希望により閲覧できるようにしています(第5条,第24条ほか)。したがって上場企業など公開会社による財務諸表の公表は,経営者・株主・債権者の間の私的な利害調整を超えて,現在では証券市場を円滑に機能させて資金の効率的な配分を促進するという,公的な役割をも果たしているのです。
Create 2013/11/05
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